日本一の手袋の産地である香川県東かがわ市。
国内の手袋生産の90%のシェアを占めているこの産地、さらに驚くべきはその多様性。
この産地には70社を超える手袋メーカーさんがあり、本当に多種多様な手袋を数多く作っています。
そんな産地のおもしろさや知られざる手袋のお話を、少しずつお伝えしていけたらと思います。

本日はご夫婦で手袋づくりを営む、Scherma(スケルマ)というメーカーさんをご紹介します。
細川勝弘さん、かずゑさんご夫妻です。

『フルーレ』、『エペ』、『サーブル』・・・
みなさん、これ何の競技種目かわかりますか?

そう、ヨーロッパ中世の騎士道より発展してきた剣技、
フェンシングです!

フェンシングといえば、2008年北京オリンピックで太田選手が日本フェンシング史上初の個人銀メダルを、2012年のロンドンオリンピックでも日本史上初となる団体銀メダルを獲得されたシーンが感動的な記憶として残っています。

実はこういったメダリストや選手たちの、目にもとまらぬ速さの剣さばきを支えているのが、Scherma(スケルマ)の手袋です。細川さんご夫妻の作る手袋がここ東かがわから、日本全国のみならず、今や世界へと次々に旅立っているのです。

工房の壁には、世界で戦う日本代表選手はもちろん、ロンドン五輪フルーレ団体金メダルを獲得したイタリアチームの選手、銅メダルを獲得したドイツチームの選手の写真やサインがたくさん飾られており、世界のトップアスリートをも支える技術ここにあり!と実感します。

 

フェンシング手袋を始めたきっかけ


 
もともと細川さんは、この地域にある大手手袋メーカーの下請けの仕事をされていたそうで、手袋づくりには50年ほど歴史がありました。

そんな中、フェンシングの手袋を作るきっかけとなったのは、高校時代からフェンシングをされていた娘さんから、岡山国体に出るための手袋を作ってほしいとリクエストされたことでした。
競技の手袋は目にしていたことがあったので、見様見真似で工房にあった黒の生地で手早く作ったそうです。

当時知らなかったことは、真っ黒の手袋は一般的にはコーチがつけるものだったこと。
競技用で、しかもかっこいい黒をつけて登場したのは今までになかったことだったようで、話題をさらいました。
その後、フェンシング選手でありながら指導者でもあった娘さんのご主人からも熱いリクエストが続き、競技用の手袋を作ることを始めたのです。

最初は従来の手袋生産をしながらだったので、まずは地元の高校をはじめ、全国の中でも数校のチームのみ。
その年は、インターハイが京都で行われており、さてどんなものかな。と見に行ったそうです。
そこで目にしたのは、細川さんの作った手袋を着用した高校が次々に勝ち上がっていく姿、そして細川さんの手袋を手に、優勝台の上でガッツポーズをとる選手の姿。
涙が出るほどうれしかった、といいます。

そのあと工房ではもう昼も夜も電話が鳴りやまない状態です。
大げさではなく、真夜中に電話が鳴ることもあったそうで、私も作ってほしい!という要望が殺到したそうです。

そのひとつひとつを作り終えたら今度は、一転、電話がぴたりと鳴りやみました。
待てども待てども電話の鳴らない日々になったといいます。

次回(2)へ続く

photo:坂口祐(物語を届けるしごと)