テトの1年目、2年目のメインビジュアルとして、東かがわの風景を掲げていました。
写真を撮って頂いていたのは、カメラマンの井上沙由紀さん。

そこにある時間が少しだけ、ゆったりと流れているように感じる、東かがわのやさしく穏やかな風景写真。私にとっても、ふるさとの魅力をさらに引き出してもらえたように思えて、どれもとてもお気に入りです。

その中でもまだご紹介出来ていなかった風景写真があるので、今日はその場所にまつわる口頭伝承と一緒にご紹介したいと思います。

 
東かがわの引田地区にある、田の浦海岸を東に向かって歩いていくと、突き出た岩陰の向こうに小さな島があります。
名前を、女郎島(じょろうじま、じょろじま)と言います。

満潮のときには、その突き出た岩陰が大きな壁になって、向こう側へいくことはおろか、島の影を見ることも難しい。島の姿を間近で見ることができるのは、干潮のときだけなのです。さらに大潮の干潮時には、島が陸続きになり歩いて渡ることができます。
そんな女郎島という地名の由来は、この引田地区の歴史に関連付けられます。

引田のまちには、引田城というお城がありました。
このお城は、引田湾に小さな半島のように突き出た地にある、瀬戸内海が一望できる平山城でした。
戦国の世が終わり、一国一城令で廃城になったお城ですが、実は讃岐の国では初めて総石垣で築かれたお城と言われており、続日本100名城にも登録されています。
城主は何度か変わっていますが、女郎島と呼ばれるようになったのは、豊臣秀吉の家臣である生駒親正が城主だったころのお話です。

城山の少し北に位置する女郎島は、生駒親正の奥方さまが大勢の腰元たちと浜遊びを楽しんでいたことでその風景がうわさになり、名付けられたといいます。
女郎というと、遊女の意味で使われることが多くなりましたが、当時は、大名などの奥向きにつかえる女性のことをそう呼んでいたようです。

この女郎島には、「おせんごろし」という伝説が残っています。

―以下、引田町史を引用―
奥方さまの腰元に、おせんと呼ばれる少女がいた。おせんは城内随一の美少女だった。
ある日のこと、奥方さまのお供で出かけたとき、若いお坊さまとめぐり逢う。おせんとお坊さんと人目をしのぶ中になるのだが、気ままに逢うことはできない。

二人は、無人島の女郎島でひそかに逢っていた。おだやかな瀬戸内海の波音を聞きながら、二人はうっとり時を忘れて愛をささやく。そして、また次に逢う約束をする。
約束の日、おせんはいそいそと女郎島へ渡った。ほどなくお坊さまもやってくるはずと、おせんは心をはずませる。
だが、お坊さまは来てくれない。もう少し、もう少しと、おせんは待った。
お坊さま、何かとんでもない用事ができたのであろう。もう少し、待ってみよう。おせんは、ぽつんと浜辺へたたずむ。

島のまわりの潮が、満潮に変わった。そろそろ、お城へ帰らねばならない時刻。
だが、お坊さまに会えないおせんは、心狂わしく、なおも待ち続ける。陽が、かげり始めた。こんな時間になってしまった。
もう、お城へは変えることができない。言いわけの言葉をさがすこともできないおせんは暗くなり始めた海面を見つめる。
ああ、お坊さまは来てくれなかったと前途を悲観したおせんは、満ちてくる潮の中に身をすべりこませた。一瞬、海が白く波立ったが、またもとの静かさにかえった。

それからである。女郎島のまわりで、赤い小さな魚がひらひら泳ぐようになる。ふわふわ泳ぐ魚は、金魚のようなあでやかさ。
「あれ、食べてみようか」と、捕らえた人が腹痛を起こしてしまった。赤い魚は、煮ても焼いても食べられない。まして、釣ることもできない。
投身自殺をしたおせんが魚に変身したのだと、浜辺の人はささやく。
いつのまにか赤い魚は、「おせんごろし」と呼ばれるようになった。


これが、女郎島にまつわる伝説です。

東かがわに住んでいても、そう簡単には行けない島。これは行くしかないと意気込むロケハンチーム。
撮影日は、合わせたわけでもないのに奇跡的に大潮の日でした!
干潮時間ではなかったけれど、一度下見に行き、なるほど確かにこれは干潮でなければ無理だ、と出直すことに。
潮見表で干潮時間をチェックし、いざ!

おせんは、お坊さまが来てくれなかったからといって、海に身を投げるほど悲しかったのかなあとか話しつつも、おせんと私たちは生きる時代も境遇も違っていたので、いくら言ってもその心ははかり知れませんね。

実際の島の様子は、そんな悲恋伝説のイメージを忘れてしまうような、とってもさわやかな青空と播磨灘をバックに、ごつごつしながらもこぶりで可愛らしい島。
写真は、潮が完全に引いて島まで渡れる道ができる時間帯よりも少し前だったような。
普段、沖から浜へ向かって打ち寄せる波が、徐々に左右から打ち寄せる波に変わるのが、拙い表現ですが、なんだかすごくいい感じ。風と波のリズムが心地よく、美しい場所でした。

島まで歩いて渡ってみたい方は、満潮と干潮の差が一番大きくなる、大潮の日の干潮時間を狙っていくことをおすすめします。
瀬戸内の穏やかな波の寄せる水面をゆったりと眺めて、時がたつのを忘れないようにご注意を。

photo:Sayuki Inoue