産地のレジェンド職人#1~ヨークス~
2021.01.15
tet.が産地で出会う人たちにお話を聞いてご紹介するインタビュー企画です。
この産地で何十年も積み重ねられてきた、人のいとなみ、それ自体もまちの文化。産地の中で働く人々の姿を、残していきたいと思いスタートしました。(産地の人々のこと→)
新しく、若く、変化に富んでいることの良さも、ずっと変わらないことの良さも、いろいろな気づきを伝えていけたらと思います。産地の希望である若手や、このメーカーにこの人あり、という産地のレジェンドをまずご紹介していきます。
本日は、編み手袋で創業を開始した手袋業界トップメーカーのヨークス株式会社で働く職人の松村宣彦(まつむら・のぶひこ)さんをご紹介します。
同社は、国内外の様々な有名ブランドのOEM※を担い、実に多品種の手袋を生み出しており、中でも企画力を活かしたこだわりある高品質なニット手袋を得意としています。
※OEMとは・・・相手先ブランドの製品を製造すること
テトでは上質なカシミヤや色とりどりのウールなど、素材を活かしたニット手袋を作っていただいています。
東かがわにある本社工場で働く宣彦さんは、勤続40年のベテラン職人さん。
18歳で同社に入社されてから、ニット手袋一筋の、ヨークスのレジェンドと呼べる職人さんです。同じ部署に松村さんが二人いらっしゃるから、普段は宜彦さん、と下の名前で呼ばれています。
働くきっかけ ~身近にあった手袋産業~
入社のきっかけは、と聞くと家が近くだったのでとポツリ。
インターネットであらゆる情報に簡単にアクセスできて、膨大な情報の中から就職先を探す今とはまた違い、近所や知り合いからの紹介など、目に見える繋がりが濃かった時代。今よりももっと、地域の人々にとって、手袋産業は身近にあったのではないかなと想像します。
宜彦さんの入社当時は、手横(てよこ)と呼ばれる手動式横編み機が主流。文字の通り、手動で右、左、右、左と振り子のような動きを作りながら編み機を操り、その動きと針が連動して、ニットが編みあがっていく仕組みです。
この編み機がのちに導入され現在の主流となっている、自動横編み機のベースとなっています。
基礎の仕組みを理解してこそ
宜彦さんは入社後5年ほど、手横での手袋の作り方をみっちり教わりながら生産に携わりましたが、5年後には、コンピュータとつながった自動横編み機が導入されることとなりました。
それまでアナログだったものがほぼすべてデジタルに置き換わり、手で描いていたニットの設計図面もコンピュータで作ることに。
それまで自分の体の動きの延長で作られていたものが、コンピュータを経由することに変わるのです。
今ほどコンピュータが日常の中に多くはない当時、複雑な機械を目の前にすることを想像するだけでも、気持ちの抵抗ももってしまいそうだな、と思いつつ、その切り替わりはすごく大変だったんじゃないですか?と尋ねてみたところ、 “いやあ・・・まあ。”と意外にもあっさり。
まず手横で仕組みや原理をしっかり理解できていると、手横がベースとなっている自動機は、基本原理が変わらないから、応用させて考えていけばそんなに大変ではなかった、とのこと。基礎がなければ応用もできない。どんな世界でも、何事においても、基本が大切だということを改めて実感しました。
機械の性格まで把握し、あらゆるパターンの中から正確な打ち手を選ぶ
ニット手袋は、完成までの道筋を構成する要素がとてもたくさんあります。
機械の設定そのもので変更することもあれば、編み機にかける糸のテンションを変更したり、糸そのものの滑りをよくするために少しロウを塗ったり、部品を変更したり、ときには部品を削って改造をしたり。
あげだしたらきりがないほど、完成に辿りつくための選択肢が多く、その組み合わせ、相性のバランスを整えながら調節をしていきます。
さらに、“機械自体も生き物みたいなもの。”と教えて頂いたのですが、同じ機種でさえ、それぞれに微妙な個体差があり、同じことをさせても、苦手な動きなどが出てしまうらしく、その個体差を踏まえて、指示を出していくというなんとも繊細な作業。
しかも季節によって、気温や湿度が大きく異なる日本では、糸に含まれる水分量に影響が出ます。サンプルを作る季節と、量産をする季節はまた違うため、その大前提まで理解しながら、どの季節に編んでも、均一性を保つように全体を調整するというところにも難しさがあります。
ゴールは同じことを目指していても、職人さんによって、選ぶ道筋、アプローチがさまざまで、それほどいろいろなパターンの組み合わせがあるのだと教えて頂きました。
だからこそ、マニュアルというものが存在せず、頭の中に蓄積されてきた経験と勘、言葉にならない、無意識に手繰り寄せるような感覚という部分がとても重要です。
調整をしていくうえで、少しバランスが崩れると、手袋がうまく仕上がらないどころか、ときには機械に負担がかかって、針などのパーツが壊れてしまうようなこともあると聞きました。
やはりいろいろな失敗を重ねてこられたり、打つ手を間違えて大失敗したなあというような経験もあったりするのでしょうか?と尋ねたところ、少し間があいて、“・・・そういうことはほとんどないです”と驚きの答え。
ここでは、今回のインタビューに同席頂いたヨークスさんの同僚の方々からも笑いが漏れ、“それ宜彦さんだからですよ、そんなことめったにない。打ち手が正確。だからレジェンドなんです。”と。
基本の原理に則って、ちょっとずつこうかな?と思うことを試しながら、とても丁寧に、調整をしてきた中で、宜彦さんの中に数々の方程式が蓄積されているのだと思います。
機械の設計上、ここまでしかできないとされていたところを、なんと宜彦さんが新たに発見してアップデートした方法もあるのだとか。
機械の動かし方を決めるのは人間
細かな調整の上に成り立つクオリティ
どういうときに達成感や喜びを感じますか?と尋ねると、“思い描いた通りにできたときかな”と。
すごくシンプルな一言ですが、思い描いた通りにできるということは、企画の段階からイメージしてきたものが完成することに近づいていくということであり、よりよいものが生まれていく道筋でもあるのです。
今シーズン、テトで新たにお願いした商品。
横と縦の色の切り替えがたくさんあるplaycolorというアイテム。
サンプル制作の過程で、色の切り替え付近の編み目が「ゾロゾロした感じになるのを改善して、整った感じにしたい」と私たちから相談を持ち掛けました。(改めて今聞くと、要望の曖昧さと漠然とした感じといったら、、、と思いますがいつもそんな感じで反省です。)
それが見事改善されて出来上がったときに、何を変えたらできたんですか?と尋ねると、機械の中にあるひとつのパーツを変更してみたと言って見せてもらったものが、素人目には違いがまったくわからないもの。確かによく見ると微妙な違いがあるようなないような。改めてその緻密さに驚いた瞬間でした。
機械の働きが多いのがニットの特徴ですが、機械には人間のように“いい按配”がないからこそ、微細な変更含めて、正確に調整をしてあげられる職人の感覚がとっても重要なのです。
引き継がれていく技術
ここまでの宜彦さんのお話を伺っていると、受け応え含めて只者じゃない感じが漂ってくるのですが、好きな食べ物は、カレーライスだそう。ヨークスのみなさんも、“えっ!宜彦さん、カレー!?!!”とレジェンドの王道の答えが意外で、親しみを感じてほっとした様子でした。休日は野菜やお米作りに励まれているそうです。そちらも奥が深そうです。
なかなかマニュアルに落とし込むのが難しいニット手袋づくりですが、生産部の松村コンビのもう一人の松村周作さんが中心となって、宜彦さんの知恵の結晶を引き継ぎながら、ニットの技術を磨く日々です。
テトの手袋づくりでもいろんなチャレンジを共にしていただいています。
遠くはない未来のレジェンドへの期待が高まりつつですが、積み重ねてきたものを引き継いでいくのは、決してひとりではなく、会社全体、ひいては産地全体で取り組んでいくべきことなのだなと感じました。
こうした職人さんたちが歩んできた道、その人たちの手が関わっているのだと、手袋を手に取ったときにふと思い浮かべてもらえるよう、日々の出会いや、小さな気づきなどを丁寧に伝えながら、できることを探っていけたらと思います。